ホーム┃2010年┃上海(4月)│ホーチミン(8月)│松虫寺(11月)
![]() 4月28日┃4月29日┃4月30日┃5月1日┃5月2日┃5月3日 5月4日┃5月5日┃5月6日┃5月7日┃5月8日┃5月9日┃地図 四川北路・海寧路・乍浦路|武進路・乍浦路・新廣路 【5月2日(日)】四川北路・海寧路・乍浦路 朝8時過ぎ、朝食を摂ろうと散歩を兼ねて東宝興路を越え川公路まで行ってみたが、並んでいる小吃店は全部しまっていた。日曜日だからか。
白厦賓館からほど近い四川北路と東宝興路交差点の各角にはそれぞれ嘉杰国際広場 (Jaje Plaza)、巴黎春天百貨店 (Printemps)、凱鴻広場 (Kaihong Plaza)、東宝百貨 (Dongbao Baihuo/写真なし) の大きな商業施設がある。
凱鴻広場の入り口の上に〈宝大祥青少年児童購物中心〉とカラフルな文字で書いてある。昨日朝食に入った店で同席した小母さんの勤め先はここのことだろう。
あちらこちらの大きなビル前の歩道上には上海万博を祝う花壇が作られている。花は生花だ。
四川北路をさらに南下して邢家橋南路まで来ると角に大きな公園がある。四川北路公園だ。
公園内の木陰では近所の同好の人達だろうか、中国楽器の生伴奏で野外歌謡大会を開いていた。いずれの面々もノド自慢、なかにはマイクが回ってくるのを待ち遠しそうにしている人もいる。
四川北路と海寧路の交差点に建つアール・デコ様式のアパートのような建物がある。この建物に嵌め込まれた銘板に『陸謙受・呉景奇の設計で1932年に竣工』とあり、「中国銀行虹口支店」だったこと、今は上海市の優秀歴史建築に指定されていることが分かる。
上の「中国銀行虹口支店ビル」の対角に建つのは虹口大楼 (Hongkou Mansion)。1927年完成当初は虹口ホテルだった。当時は数少ない高級西洋風建築物のひとつだった。
海寧路を東に辿り乍浦路に入る。
海寧路から乍浦路に入ると直ぐ左手に日本のお寺の門柱と屋根を連想させる建物を見つけた。門柱にお寺の雰囲気があり、中の建物の屋根も日本のお寺のような形をしている。周囲を探してみたがこの建物の由来を説明しているようなものは見つからなかった。
乍浦路から武進路に。
武進路が吴淞路にぶつかる手前の赤煉瓦は嘗ての滬北会堂と言う教会の跡で、日本YMCA も使っていたらしい。 数年前までは幼稚園だったが今は、嘉中金旅館という旅館になっている。
吴淞路を経由して四平路 → 九龍路と歩く。
吴淞路から昆山路に入り立派なキリスト教会に出会った。上海基督教会「景霊堂」、嘗ては「景林堂」と呼ばれていた教会で建物にも二つの名が刻まれている。
教会の正面上部には金文字で「景霊堂」と記されている。
正面入り口横の壁に嵌め込まれた銘板には「景林堂」とある
昆山路と乍浦路の交差点に建つ建物。曰くがありそうだが建物の周囲からは何も見つからなかった。
乍浦路に入るとすぐに「昆山公園」の前に出るが公園はパス。
乍浦路を武昌路まで行ってUターン。
さすがに腹が減ってきた。新疆穆斯林快餐庁(新疆ムスリム・ファースト・フード)の看板を見つけた。店の前に置いてあるカバブを焼く屋台から店員が声をかけてきたので入ってみる。
店内は4人がけテーブルが5つ並ぶ小さな店だが清潔。メニューは写真付き・漢字表記で助かった。カバブが3本載っているナンを頼む。カバブは盤錦で食べたのと同じ味でGood。三本で9元(約126円)。ナンは分厚くて食べ応えがあった。3元(約40円)。
他に二組ほど客が入ってきたが店員とは非中国語(多分アラビア語系)で喋っていた。
|