【5月1日(金)】 国立博物館/ワット・プーウアック/ワット・マイ
ラオ麺屋のカオ・ソーイ 20,000Kip(約302円)で朝食。
ソウルから来たカップルと一緒になったが、食べている間に賑やかな韓国語の一段がやって来た。
同席のカップルの話によると、この店が韓国の旅行ガイドブックで紹介されているのだそうだ。
朝8時になるというのにサッカリン通りの交通量は少ない。緑の香りが混じる空気は新鮮で何度も深呼吸してしまう。
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朝8時のルアンパバーンのメインストリート、サッカリン通り。 |
サッカリン通りで良く見かける、店先に水のオペットボトルを山積みしている店はコンビニエンス・ストア。ビエンチャンでもそうだったが、ルアンパバーンにも日系のコンビニエンス・ストアーはないようだ。
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典型的なルアンパバーンのコンビニエンス・ストア。 |
ルアンパバーンのメインストリート、サッカリン通(Sakkaline Road)りを真っ直ぐ南へ。
道路の名前がサッカリン通りからシーサワンウォン通り(Sisawangvon Road)に変わる、ヴィラ・センスークから900メートルほど歩いた所がルアンパバーン国立博物館。
◆ 国立博物館
ルアンパバーン国立博物館は、ルアンパバーンが未だ保護領として王政が認められていたフランス植民地時代、1904年に当時の王家の宮殿として建てられた建物。
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国立博物館正門と奧に見える本館。 |
門を入いり左手にあるシャッターを開けたばかりのチケット売場でチケットを購入、30,000Kip(約453円)。
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国立博物館入館チケット。 |
チケット売場の奥に建つのはシーサワンウォン王像。ビエンチャンのシーサワンウォン公園に建っている像と全く同じ像に見えるので、鋳型は同じなのだろう。
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シーサワンウォン王像。 |
門の右手には2006年に完成したホー・パバーン(Haw Pha Bang)が建っている。
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2006年に完成したホー・パバーン。 |
1959年にシーサワンウォン王が逝去した後も、その家族はこの宮殿に住んでいたが、1975年にパテート・ラーオ(現政権)がルアンパバーンを掌握すると王の家族は北部に送られ、王宮はその翌年に博物館として開放される。
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かつての王宮、博物館本館。 |
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本館正面の階段横に据えられている旧砲。 |
石段を登り、履き物を脱いで荷物(カメラも)をロッカーに入れるよう促される。館内の写真撮影は禁止。
一通り見て回り、最後の展示コーナー「各国から時の国王への贈答品」の陳列棚へ。偶然だと思うのだが日本からの贈答品の陳列ケースと米国からの陳列ケースが隣り合わに並んでいる。
日本の陳列ケースには漆器、七宝の什器、有田焼の花瓶などが、米国の陳列ケースには署名用の万年筆、月面着陸した宇宙船の模型と記念メダルなどが入っていた。何とも対照的な贈答品だ。
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本館正面石段の上から見えるプーシー。 |
本館正面石段を下りて左に回ると、本館裏手に未だ新しい船の形をした山車がテントの下に陳列してあった。ルアンパバーンの祭りにでも使うのだろう。
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船型の山車。 |
◆ ワット・プーウアック(Wat Pahouak)
博物館の真向かい、プーシーの麓に、昨日、プーシー から下りてきたときに気になった古い寺院があるので覗いて見る。
寺院の手前に昨日は気づかなかった看板が二枚。
看板にはワット・プーウアック(Wat Pahaouak)、1860年の建立とあり、廃寺のようだ。
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手書きによるワット・プーウアックの説明看板。 |
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ワット・プーウアック本堂。 |
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ワット・プーウアック本堂内に残る仏像。 |
本尊内の両側の壁にはメコンの歴史を描いたといわてれる19世紀の壁画が、傷みの激しいまま残っている。
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本堂内の壁画。 |
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本堂内の壁画。 |
本堂から少し離れたプーシーの木立の中に仏塔が建っているが、この寺院の縁の仏塔だろう。
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プーシーの木立の中に建つ仏塔。 |
◆ ワット・マイ・スワンナプームアハン(Wat May Souvannapoumaham)
ワット・プーウアックの前、国立博物館の左隣に建つのがワット・マイ・スワンナプームアハン(Wat May Souvannapoumaham)、舌を噛みそうだが「美しい(アハン)黄金の国土(スワンナプーム)の新しい(マイ)寺院(ワット)」という意味。単にワット・マイと呼ばれることが多いようだ。拝観料 10,000Kip(約151円)。
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ワット・マイ・スワンナプーマラムの拝観券。 |
1796年にアノーロート王(AnouroutあるいはAnurat)によって建てられたワット・マイは、1821年にマンタートーラト王(Manthathourat)の手により本堂の五層の屋根の補修や二重列柱回廊の追加工事が行われている。
王室の庇護を受けたワット・マイはラオス仏教界の重鎮(大僧正?)サンカーラト(Sangkhalat)の住居だったこともあるようだ。
ルアンパバーン様式による寺院建築の典型とされる本堂の五層の屋根はワット・シェントンよりも美しいとされている。
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ワット・マイの本堂。 |
インドのラーマーヤナをモチーフにして、仏教の輪廻を表す本堂正面の壁に施された金色のレリーフは一見の価値あり。
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本堂正面右壁に施されたレリーフ。 |
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本堂正面左壁に施されたレリーフ。 |
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本堂内の壁は小さな仏像のレリーフがギッシリ塗り込められている。 |
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本堂に安置されている本尊。 |
本堂の横に回ると赤地に金彩色を施した見事なレリーフのドアが並んでいる。
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本堂横の入口ドア。 |
境内の片隅に古ぼけた石積みのお堂や仏塔があり、お堂の中には小さいが仏像も安置されている。
近くにこのお堂や仏塔の由来に関する説明が無いのだが、ワット・マイとどんな関係なのか気になるところだ。
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これはこれで端正な姿を見せている。 |
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仏塔右側のお堂に祀られている仏像。 |
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仏塔左側のお堂に祀られている仏像。 |
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