【4月29日(水)】 ナムカーン川(Nam Khan River)
起き出して直ぐに、シャワーはお湯にならないのかフロントに訊いてみると、部屋まで見に来てくれた。
何のことは無い、シャワーの元栓に並んでいる小さなボックス は電気のブレーカーで、これを入れればヒーターが作動してお湯が出るという仕掛けだった。
昨夜、
部屋に入いるときに一言教えてくれれば済んだことなのに、スタッフの対応は丁寧で好いのだが、これもラオス流と言うことか。
宿泊しているゲスト・ハウス「ヴィラ・センスーク(Villa Senesouk)」にはダイニング・ルームが無いので、熱めのシャワーを浴びてから9時過ぎに朝食探しに出る。
ヴィラ・センスークの直ぐ右隣にこざっぱりした麺屋があったので迷わずにテーブルについて、ヌードル・スープを頼んだ。20,000Kip(約302円)。
ヌードル・スープはサッパリしているのに後を引くコクがある。
麺と一緒に皿に山盛りの香味野菜がついてきた。パクチーやレモングラス、ミントなどがのっていた。適当にちぎって麺の上に載せる。
麺と一緒に皿に山盛りの香味野菜がついてきた。
どのテーブルの上にものっている青いプラスチックの籠に入っているのはピッキーヌだろう。半分ほどかじったら目の周りからドッと汗が出てきた。
プラスチックの籠の中は檄辛のピッキーヌ。
名無しのラオ麺屋。左端に見えているのが「ヴィラ・センスーク」。
地元の人に混じって、日によっては観光客の姿も多い。
こちらを見てくれない店の娘さん。
店の外に設けられたカマド。
店の横に建てかけてある看板の写真を宿のフロント・スタッフに見てもらったら「麺屋」と「ありがとうございます」しか書いていないそうで、とうとうこの店の名前を知ることができなかった。
一番上が「麺屋」で、一番下が「ありがとうございます」。
ラオスの前身ラーンサーン王国がルアンパバーンを王都として誕生したのが1353年。以来ルアンパバーンは約200年にわたってラーンサーン王国の王都として栄えた。建国の王はファーグム王 。
古くはムアン・スワといい、その後シェントーン と呼ばれるようになったルアンパバーンは、ナムカーン川とメコン川の合流点に位置している。
今日まで歴史的・文化的な遺跡が数多く残っているところから1995年に世界遺産に指定されている。
……ということで、食後は宿泊している宿の周辺からルアンパバーン探訪を開始。
宿の前のサッカリン通り(Sakkaline Road)が、ナムカーン川(Nam Khan River/カーン川)にぶつかる所まで歩く。インターネットで見つけた英語の地図を見ると Khan River とあるから Nam はラオ語で川の意味なのだろう。
人通りの無いサッカリン通りをナムカーン川に向かう。
下の動画でも分かるがルアンパバーンのメイン・ストリート、サッカリン通りのこの辺りは日中でも殆ど人通りが無い。白塀の中はワット・ソップ・シッカラム(Wat Sop Sickharam)。この動画を撮っているときはずっと虫が鳴いていることに気づかなかった。
VIDEO
ナムカーン川の手前からサッカリン通りを振り返る。
メコン川に注ぐナムカーン川の河原に何とも頼りなげな竹の橋が架かっている。
ナムカーン川に架かる橋。左奥はメコン川。
河原に下りてみると橋のたもとに掛けられた小屋で橋の通行料を徴収していた。往復 7,000Kip(約106円)。
7,000Kipの渡橋券。
小屋の小母さんに通行料を払ってナムカーン川を渡る。
傾いだり破れたりした箇所が多い竹橋。
ルアンパバーンの中心街・寺院街は、メコン川とナムカーン川に挟まれた半島状になっている。
手前がナムカーン川、奥がナムカーン側が合流するメコン川。
対岸から半島部の突端を臨む。
対岸からナムカーン川上流を望む。右岸が半島部。
竹橋を渡りきった土手の木陰に、オレンジ色のバスタオルを腰に巻いただけの若い男が地べたに横たわっている。その横を通らないと先に進めないのだが、近くまで行くと、こちらを見ずにバスタオルを尻の下までズラして身をよじっている。彼自身の客を捕まえようとしているとしか思えなかったが、流石にカメラを向けるのはためらわれた。
土手を上った先に特別のモノは何も無く、ただのローカルな村が有るだけだった。
土手を上っても何も無い。
もう少し奥に進むと緑の中に未舗装の道が伸びていた。
この先に何があるのか、地図にも情報は無い。
細い分かれ道に入ろうかどうしようか立ち止まって目の前の家を見ると、垣根の隙間からコンクリート製の大きな水槽が見える。門扉が少し開いていたので誰かいないかと覗き込んでみた。折りよく奥から人が出てきたので声をかけて中に入らせてもらった。
水槽を見せてもらった家。
水が濁っているのでよく見えないが、水槽の一つには口の回りに髭のある小魚が沢山泳いでいる。ドジョウかナマズの子だろう。
水が濁っていてよく見えないが髭のある小魚がウヨウヨ。
隣の水槽はオタマジャクシだ。カエルのいる生け簀もあったので養殖しているのだろう。カエルは顔を見せてくれなかったので写真は無し。話を聞いてみたかったのだが、如何せん言葉が通じない。
オタマジャクシ達。
地図も無いので水槽を見せてもらった家から竹橋に向かって来た道を引き返す。
竹橋への下り口を過ぎて奥まで行くと小さな白い祠のようなものが見える。周囲に寺院は無いので中国で言う楼閣(休憩所)のようなものなのかも知れない。
中国で言う楼閣のようなものだろうか。
楼閣のさらに奧、メコン川に面した藪の外れにスレート葺きの棚に、何かゴテゴテと並んでいるのが見える。
スレート葺きの棚。
ペットボトルの水や花、食べ物が並んでいるのはお供えだろう。けど、棚にはそれらしい像が見当たらない。メコン川へのお供えなのだろうか?
お供えの対象が見えない棚の中。
通行料を払った小屋まで戻り、小母さんにカメラを向けると、手振りで『チョット待って!』。
なんだろうと思ったら仕事着なのだろう、羽織っている上着を脱いでポーズを取ってくれた。
料金所の小母さん。
料金所と竹橋。
川岸を上がった公園に戻り木陰のベンチでひと休み。
木陰からジッと竹橋を見ている旅行者に声をかけると、上海から海岸線をバスで南下しながらここまで来たのだという、フランス人のタングイ(Tanguy)さん、尖ったところの無い気さくな若者だった。
タングイさん。