【4月22日(水)】王宮
ワット・プラケオの南側で回廊の外に出ると、そこが王宮で王室に関連した施設が並んでいる。
1785年のラーマ1世によって建てられたアマリン・ウイニチャイ殿は国王の正式な謁見の場として使われる。さらに国王の誕生日を始めとする国の重要な儀式もここで行われる。
この宮殿正面の尖塔門も陶器の装飾が施されていて、これも見事だ。
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アマリン・ウイニチャイ殿と陶器で飾られた尖塔門。 |
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尖塔門の陶器の装飾。 |
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屋根の重なりが美しいアマリン・ウイニチャイ殿。 |
アマリン・ウイニチャイ殿に沿って西に進むと刈り込まれた庭木が日本庭園を思わせる広場に出る。王宮の中心的な建物、ラーマ5世によって建てられたチャクリー・マハー・プラサート殿がその奧に建っている。この宮殿はイタリア人の設計によるものだと言う。
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チャクリー・マハー・プラサート殿。 |
チャクリー・マハー・プラサート殿の衛兵交代にぶつかった。周囲をカメラを構えた観光客が囲んだが、ソウルのキョンボックンの衛兵交代のようにショーアップされたものではなく、素朴な交代セレモニーだった。
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チャクリー・マハー・プラサート殿の前に立つ衛兵。
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チャクリー・マハー・プラサート殿からアマリン・ウイニチャイ殿を見る。 |
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チャクリー・マハー・プラサート殿(西側から)。 |
アポーン・ピモーク館横の門の先が、ラーマ1世によって建てられたドゥースィット・マハー・プラサート殿で、王族の葬儀などに利用される宮殿だそうだ。
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小さなアポーン・ピモーク館(左)とドゥースィット・マハー・プラサート殿。 |
ドゥースィット・マハー・プラサート殿の屋根の先端にはタイ寺院建築に特徴的なチョーファーが付いている。屋根の縁に並ぶ奇妙な形は手、屋根の中央で手を広げているのはガルーダのようだ。
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屋根の先端はチョーファーだが縁には手が並んでいる。 |
一通り見終わった所で休憩所の石床に寝転がり一休み。声をかけてきた上海のレディ達はコロコロとわけもなくよく笑う人達だった。『何処から来たんだ?』
『友達は何処にいる?』と矢継ぎ早の質問に、からかわれている気分になったが彼女たちの明るい笑顔に悪気はない。
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一緒に写真を撮ろうと嬉しい申し出をしてくれた上海レディース。
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強い陽射しの下でさすがに喉も渇き、くたびれた。出口に向かう途中の真っ白なコーヒー・ハウス「ドイカム」でザックをおろしコーラで休憩。店内は外観ほどお洒落な店ではなかった。
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ワット・プラケオと王宮の中で唯一のコーヒー・ハウス。 |
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外気は35℃を越えていると思う。腕も首筋も日焼けした。 |
ドイカム横の壁に沿って大砲が陳列してあった。
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大砲の列。 |
ドイカムから真北に進み小さな門「ウィマーンテーウェート門」を潜ってワット・プラケオを出る。
ウィマーンテーウェート門を出たところがナ・プラ・ラン(Na Phra Lan)通り。パワーボートを下りたTha Chang船着場方面に向かい、道なりに交差点を左に折れるとチャオ・プラヤ川に沿ったマハラット(Maharat)通りに入る。ここから未だ一度も行ったことがないワットポー(Wat Pho)に向かう。
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