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  2018年4月:成都
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牛王朝家常面昭覚寺文殊院青年路

【4月30日(月)晴】文殊院

正覚寺南站から一つ目の羅馬橋站で七号線に乗り換え、火車北站でさらに一号線に乗り換えて文殊院站で下車。

文殊院に出るにはどの出口が好いのか、駅の改札口でセキュリ・ティチェックの係員に尋ねると意外な返事が返ってきた。
切符を買ってもう一駅行けと言う。こちらの質問が分からなかったのかな、しかし地図も見せているのに。

余りにもトンチンカンな返事なので無視して、とりあえず地下鉄駅構内を出る。

トゥクトゥクが寄ってきて何処へ行くのか尋ねるので、地図を見せて文殊院を示すと『知っている』という。10元(¥190)とのこと。

顔を公開したかったよ、トゥクトゥクのお兄さん。

ガイドブックの地図が大まかすぎるのだが、それにしても10元もするほど遠いのかな、と思いながらトゥクトゥクに乗り込む。

このトゥクトゥクの小父さん、文殊院前まで行かずに途中で降りろという。おかしいと思ったが手振りで直ぐこの先だというので温和しく降りたが、そこからがまた分からない。

トゥクトゥクを降りた街角。

人の流れを見ながら見当をつけて歩く、ようやくそれらしいとおりに出た。

観光客が増えてきたここは何通り?

道を聞き聞きやっと文殊院街に出たところで腹が減ったので、文殊院坊入り口でランチ。
この店も名前が無いようで看板には「自家肥腸粉」とあるのみ。

「肥腸粉」の看板とペナントと。

「肥腸粉」の店内。

店に入りビール10元(¥190)と肥腸粉12元(¥228)で一休み。

肥腸粉は簡易カップ入りで現地気分は半減。

一休みしたところで仕切り直し、文殊院街に戻る。

文殊院街。

文殊院側門前にある「龍抄手」はワンタンで知られた店のようだが、既にランチ済みでパス。

瓦屋根の龍抄手。

文殊院は南北朝時代(420-589年)に創建された仏教寺院で、四川省の仏教の中心寺。もとは唐の妙園塔院で、宋代に信相寺と呼ばていた。「信相」というのは尼僧の名で、当時の蜀王がその面影を慕い、彼女の為に建立した寺だと伝わっている。

明代に戦火によって焼失され、清朝の1697年に再建された際に「文殊院」と改称された典型的な清代建築による寺院。

先宗など3人が毎朝舌を刺して取った血で書したとされる「舌血経書」、明神宗の田妃が刺繍した千仏袈裟、清の楊遇春の長女が自らの頭髪で刺繍した水月観音などが収蔵されている。

唐の玄奘の頭蓋骨は収蔵品の中でも特に珍しいとされている。1942年に南京で発見された三つの頭頂骨のうち、一つは南京に置かれ、一つは西安に、そして唐僧の受戒地であった成都に残りの一つが送られた。

龍妙手の向かいが文殊院側門。

文殊院の照壁。

文殊院は入場無料、正門に当たる天王殿から入る。

天王殿。

天王殿に入るとガラスケースに収まった仏像達の前に出る。

天王殿内。

こちらの三体はどなた?

正面に「兜率陀天」読める額の下に収まるのは弥勒菩薩なのか?

兜率陀天の額と弥勒菩薩像?

境内の隅に案内図があったがタイトルは避難経路図になっている。

文殊院案内図(案内図をクリックで拡大表示)。

天王殿を抜けると、左手が鼓楼。

鼓楼。

右手が钟楼(鐘楼)。鼓楼も钟楼も屋根の反りが深い。

鐘楼。

天王殿から蔵経殿まで奥に向かって一列に並んでいる。
天王殿を出ると正面が観音殿。

観音殿。

観音殿の裏が大雄宝殿。
こちらも願い事をする人が多く、何処も線香の煙が絶えない。

大雄宝殿。

大雄宝殿内。

大雄宝殿の裏が説法殿。

説法殿。

説法殿の裏が蔵経殿になる。

蔵経殿。

蔵経殿内正面の「正法眼蔵」。

蔵経殿から東のブロックに移動すると玉仏殿と円通田の前に出る。

玉仏殿。

玉仏殿正面。

円通殿。

円通伝の千手観音像。

大勢の若者に囲まれているのが千仏塔で、若者たちはここで入学試験合格を祈念しているようだった。

千仏塔。

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