【8月23日(月)】カオダイ寺院
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今日の朝食。 |
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コーヒーと果物。 |
朝食前にファングーラオ通りの公園に下りてみた。ジョギング、散歩、体操をする人が大勢だ。
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朝6時の公園の様子。 |
カオダイ寺院、クチ・トンネル一日ツアーのバスに乗るため8時過ぎにLac Hong Tour前に。
一昨日のメコンデルタ・ツアーで一緒だったPetra Ouwehandさんの姿があった。これからハノイに向かうバスに乗るのだそうだ。オランダの家を出てから一年経つが、そろそろ家に帰ると言っていた。
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NgaさんとPetra Ouwehandさん(Lac Hong Tourで)。 |
Lac Hong Tourからの参加者は自分一人だけだった。いかついガイド氏に腕をとられてバイク・ラッシュが始まったフォングーラオ通りを渡りバスに乗る。ツアー参加者は十一名。
車中ではガイドがベトナムの歴史を話し続ける。
途中でベトナム手工芸品工房でトイレ休憩。製品は一昨日見たものと同じベトナム漆工芸品。ここにも身体障害者が働いている。
ベトナムの漆工芸(ソンマイ “Son mai”)は、何世紀にもわたって独自に発展してきた伝統工芸で中国や日本とも関わりを持っている。
その工房が障害者を多く受け入れている背景には以下のような事情がある。
1975年にベトナム戦争が終結すると多くの戦争障害者や戦争未亡人が社会から取り残された。ベトナム政府はそうした人々の雇用の確保や社会復帰を目的として、いくつかの伝統工芸分野を活用する政策を取るが、漆工芸もその一つになった。
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この工場にもHANDICAPPED HANDCRAFTSの文字。 |
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絵付け工程。 |
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車椅子が見える工房内。 |
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漆で彩された飾り皿。 |
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広い製品売り場。 |
ツアーバスは漆工芸品工房を出て国道1号線を往く。
速い車が前の車を追い越するときは車線を譲るようにクラクションを鳴らす。どかないといつまでもクラクションを鳴らしている。中国でもそうだった。
ガイド氏が、ちょうどこの辺りがベトナム戦争中、裸の女の子が泣きながら走ってくる写真が撮られた場所で、その後、彼女はカナダに渡ったが、今はここで小さな食堂をやっている、とその店を指さした。慌ててレンズを向けてシャッターを切ったのだが、ガイド氏が指さした場所は、多分、ここで間違いないと思う。
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ガイド氏の言うことが本当ならずいぶん侘びしい食堂だ。
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ベトナム人カメラマンのフィン・コン・ウト(Huynh Cong Ut)によって撮影された「Phan Thi Kim Phuc Vietnam
Napalm(戦争の恐怖)」の中央に写る少女がPhan Thi Kim Phuc(ファン・ティ・キム・ファク)。この写真は1973年にピューリッツァ賞を受賞している。
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戦争の恐怖(1972年6月8日国道1号トチャン・バン近く/AP Photo)。
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12時少し前にホーチミンの北西に約100km、カンボジア国境までわずかというタイニン(Tay
Ninh)にあるカオダイ教総本山に到着。
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カオダイ教総本山。 |
ベトナムの地方宗教、カオダイ教(Dao Cao Dai/道高台)については諸説あるようだが、Wikipediaには『1919年、ゴ・ミン・チェン(呉明釗)によって唱えられたベトナムの新興宗教である。五教(儒教、道教、仏教、キリスト教、イスラム教)の教えを土台にしたことから、カオダイ=高台と名付けられた。』とある。信者数が200万人とも300万人とも言われているようだ。タイニン省の人口のおよそ七、八割がカオダイ教の信者だと言われているが実体は分からないという。
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東西の宗教建築様式が混じった寺院。 |
建物の内外がとにかくカラフル。寺院に入って一段高い見学席から礼拝を見ることができる。フラッシュ撮影も自由だ。礼拝中も観光客を積極的に礼拝堂に入れてくれる。礼拝の様子を撮るのに好い場所を教えてくれる。写真を撮らずにその場所を塞いでいる人がいると手振りで他の人と入れ替わるように言われる。
礼拝開始は12時、拍子木と鐘の音で始まる。この音だけ聞くと日本のお寺みたいなのだが、二胡が中東風の音を流し続けている。
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龍が巻き付いているピンク色の柱に支えられた礼拝堂。 |
白装束は一般信徒、他に教団内の役職によって黄色、青、赤の衣装をまとった人がいる。
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カオダイ教総本山の寺院。 |
礼拝の様子はカトリック教とイスラム教が混じり合ったような印象だ。
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礼拝の様子。 |
礼拝堂の一番奥、青い幕の影にカオダイ教のシンボル〈カオダイの目〉が見える。
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カオダイ教のシンボルは金色の〈カオダイの目〉。 |
見学席から下りようとすると、寺院の職員がそっと腕をとって音楽演奏を撮影しろと言う。礼拝堂一番手前の二階に教団音楽を演奏する人達とコーラス隊がいた。
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教団音楽の演奏者とコーラス隊。 |
カオダイ寺院を出てベトナム戦争時の解放戦線の拠点となったクチトンネルに向かう。
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